背景

魔界の停滞期

現在、魔界は極めて平和だ。ここ数百年の間、大きな戦乱は起こっていない。

一握りの物好きな(あるいはより上位の魔物に使役された)魔物が、人間界に度々赴いている程度だ。彼らの中には直接人間を襲う粗暴な者もいれば、戦争などを引き起こしてスマートに多数の人命をもてあそぶ、ずる賢い者もいる。

いずれにせよ、そのような"暇つぶし"のための殺戮が必要なほどに、今の魔界は平和なのだ。

中にはこの現状を"停滞期"と呼んで憂える者もいる。平和は、緩慢な滅び以外の何も生まないからだ。

もっとも、下級の魔物の多くは、この現状を理解するだけの知能すら持ちあわせてはいないのだが。

"魔王"の出現

突如、"魔王"が現れた。

現れた、という表現は適切ではないかもしれない。その姿を見た者がいないからだ。

しかし、およそ最低限の知能を持つ魔界の住人であれば、誰もが"魔王"の存在を認識している事だろう。

何しろ、魔界に住む全ての魔物の頭の中に、直接その声が響いてきたのだから。

"声"の内容は、魔物によってさまざまに異なっていたようだ。が、あらましは似ている。それは次のような内容だ。

"試練場"の創造

自分は"魔王"であること。

人間界、及び天界に対し、近く組織的な侵攻を画策していること。

そのために多くの精鋭を必要としていること。兵を集めるのみではなく、自ら精鋭を育成する必要を感じていること。

そして…精鋭を鍛え上げるための"試練場"を創造したこと。その意志さえあれば、誰もが"試練場"に挑戦できること。

以上が、声の語った内容だ。

"魔王"の正体

"魔王"の正体についてあれこれ詮索する、勇気ある(あるいは無謀な)魔物は少ない。が、全くいないというわけでもない。噂好きはどこにでもいるものだ。

しかし、"魔王"の正体を特定するには至っていない。情報が少なすぎるのだ。

中世末期にヨーロッパでペストによる死を撒き散らした蝿の宰相ベルゼバブだ、という者もいれば、天界にあって神に反旗を翻し魔界に堕とされた貴公子ルキフェルだ、とまことしやかに吹聴する者もいる。

"試練場"への道

実のところ、"試練場"に向かった魔物は、それほど多くはないのだろう。平和に慣れきっているのか、研鑚を積んで自らを磨くことに興味がないのか、胡散臭さを感じたのか。

あるいは単に話の内容を理解し得るだけの知能を持ちあわせていない者も、少なからずいるだろうが。

しかし、挑戦者は皆無ではなかった。"試練場"に向かい、そして戻ってきた者も少数ながらいる。

彼らによれば、"試練場"に行く事を決心した次の瞬間には"試練場"の内部に転送されており、また帰りたいと念じた途端に元の棲家まで飛ばされたという。

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